最高裁判所大法廷 昭和33年(オ)118号 判決 1960年12月07日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人戸毛亮蔵の上告理由第一点ないし第六点について。
本訴は、大柳生村長であつた上告人に対する解職請求について、昭和三一年一〇月二二日同村選挙管理委員会の名で行われた村長解職賛否投票の結果、過半数の同意があつたものとして村長解職の告示がなされたのに対し、上告人から、右手続を管理執行した委員会の構成が適法でないことを理由とし、右賛否投票の効力に関し、地方自治法八五条、公職選挙法二〇二条、二〇三条によつて異議訴願を経て、被上告委員会が昭和三二年一月二四日した訴願棄却の裁決の取消、ならびに前示賛否投票の無効宣言を求める訴訟である。
しかるに、上告人が村長であつた大柳生村は、本訴提起後の昭和三二年八月二七日、奈良県知事が関係自治団体の申請に基いて同村を奈良市に吸収合併する旨決定し、同月三〇日内閣総理大臣からその旨告示されたことは、原判決の確定するところであるから、右市町村合併は地方自治法七条七項により右告示によつて効力を生じ、大柳生村は同日をもつて廃止されたものである。
そして、本訴は前示委員会の裁決の取消、ならびに賛否投票の無効の宣言を求め、これによつて上告人の村長たる地位を回復することを目的とする訴訟と解すべきであるから、大柳生村が前記のごとく廃止され、たとえ上告人が本訴において勝訴して、右賛否投票の無効が宣言されても、既にその回復すべき地位の存在しないこととなつた現在においては、かかる訴訟は、訴訟の利益がなくなつたものとして許すことのできないものであることは当裁判所の判例の趣旨に徴してあきらかである。(昭和三〇年(オ)第四三〇号、同三五年三月九日言渡大法廷判決参照)
上告人は、本訴において賛否投票の無効が宣言されるときは、右判決の効力は既往に遡及し、後任村長の関与した大柳生村の奈良市への合併の効力にも影響を及ぼす旨主張するけれども、たとえ賛否投票の効力の無効が宣言されても、賛否投票の有効なことを前提として、それまでの間になされた後任村長の行政処分は無効となるものではないと解すべきであるから、右上告人の主張は採用することができない。
上告人は、また、たとえ本訴で勝訴することによつて、村長の地位を回復することは不能であるとしても、上告人はこれによつて、村長としての給料および旅費の請求権を回復し、本件解職請求による不名誉を回復する等の利益があると主張するけれども、本訴は解職の賛否投票の無効を宣言して村長の地位の回復を求める訴訟であること前叙のとおりであるから、村長たる地位、身分に随伴して派生する給料請求権その他個人的利益を考慮して、これがために既に廃止された村長の地位の回復を認めることは許されないものと解すべきことは、また前記大法廷の判例に徴しあきらかである。
なお上告人は原判決がその主文において訴を却下するとしたことを非難するけれども、原判決の理由を照合すれば、右主文の趣意は、本訴は既に訴訟の利益のなくなつたものとして、上告人の請求を斥けるにあることあきらかであるから、この点の論旨も理由がない。
よつてその余の論旨について判断するまでもなく、上告人の上告を棄却すべきものとし、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。
この判決は裁判官小谷勝重、同島保、同入江俊郎、同池田克、同河村大助、同高木常七および同石坂修一の各少数意見あるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官小谷勝重、同島保、同入江俊郎、同池田克、同河村大助、同高木常七、同石坂修一の少数意見は次のとおりである。
われわれは、原判決は破棄すべきものと思料する。
原判決によれば、上告人(原告)は奈良県添上郡大柳生村長であつたところ、昭和三一年一〇月二二日行われた解職賛否投票の結果解職されたため、右賛否投票の無効を主張し異議、訴願を経て本訴を提起したが、本訴が原審に係属中、昭和三二年八月二七日大柳生村は奈良市に合併し、村長の地位がなくなつた結果、原判決は本訴の利益を欠くに至つたものとして、本訴を却下した。
思うに、本件の訴がいわゆる民衆訴訟に属することは、原判示のとおりであるが、しかし、本訴は一般人民から提起した訴でなく、解職された村長自身が原告として解職の無効を主張し、その無効宣言の判決を求めるものであるから、本訴の係属中に村長の地位がなくなつたことによつて、訴訟追行の利益が失われたものと見るべきかどうかは、本訴の性質と原告が回復を求める権利利益が現存するかどうかによつて決せられる問題であるといわなければならない。しかして本件解職賛否投票の効力は、地方自治法二五五条の四により、同法の定める争訟の方式によつてのみ争い得るものであるから、その解職投票無効の宣言を求める本訴は、裁判によりその解職投票を無効とする形成効果を生ぜしむるものであつて、すなわち判決によつて、解職の効力を排除することを目的とするものである。本訴における原告の権利保護の利益は、原告の村長たる資格を回復し、かつ村長たる地位に伴う報酬請求権その他の権利利益の回復を図るに外ならないものであるところ、村の合併により村長の地位がなくなつた現在においては、その本来の地位の回復は不能に帰しその回復を求める利益は失われたことになるが、他面原告が本訴において主張するような村条例に定める給料及び旅費請求権等が害されたままの不利益状態が現存するにおいては、原告はなおかつ本件訴訟を追行する利益を有するものと解するを相当とする。
それ故村長解職投票は、裁判により無効を宣言されない限り解職の効力を保有し、その資格に伴う報酬請求権その他の権利利益は喪失することになるので、その解職の効力を排除する判決を得ることが、これらの権利利益を回復するための適切有効な手段となるものと解すべきである。従つて多数意見には到底賛同出来ない。なおその理由の詳細は議員の除名処分に関する昭和三〇年(オ)第四三〇号同三五年三月九日言渡の大法廷判決に付した上告理由第一点に対するわれわれの少数意見を引用する。
(裁判長 田中耕太郎 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高橋潔 裁判官 高木常七 裁判官 石坂修一)